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2011.04.23

南三陸町支援レポート(長文)

概要


 宮城県知事より委嘱を受けた災害保健医療アドバイザーにより設置された宮城県災害保健医療支援室(以下、支援室という)の呼びかけにより、被災地域の保健医療対策に資する目的で支援活動を行った。活動期間は発災3週間以上経過した4月5日〜12日の8日間であった。災害が起こった3月11日直後の課題は、医療が必要な住民の把握と治療の提供であったが、現地医療本部(志津川病院スタッフ)の統括のもと、全国からの応援チームが各避難所で医療救護班を展開し、医療のニーズは一応落ち着いた時期であった。
 宮城県内で被災した市町村のうち、本吉郡南三陸町について、現地スタッフからの聞き取り等により、保健医療に関する課題を抽出した。すなわち、ライフライン(水道、電気、ガス)が復旧せず、車やガソリンの不足によって移動手段もないまま、避難所生活が長引くことによって、感染症集団発生の危険性、要介護状態にある高齢者のADL低下、妊婦へのケア、栄養の不足と偏り、メンタル面のサポートの必要な住民の増加等が災害関連の課題として挙げられた。しかし津波によって町民の保健関連情報はすべて流されてしまったため、45カ所の避難所や地域にいる対象者を把握する必要もあるが、特に避難所住民の動きに関してタイムリーな情報を得る手段が少なく、把握が困難となっていた。
 このような状況のなか、町の保健スタッフは、県内保健所からの応援チームや県外保健師の応援チームに業務を割り振りしなければならず、その調整業務にも時間を割かれている状況であった。
 今回の支援活動では、上記の課題をリストアップして全体像を示し、課題を解決するための方向性を検討し、スタッフと共有する作業を主に行った。また、外部公衆衛生医師の役割について関係者と意見交換をした。いくつかの課題については現地のスタッフや支援室で対策を検討し、宮城県福祉保健部とも調整を行った。
 今後は、随時、課題を抽出し解決策を検討・評価する体制を確立し、災害対応業務を徐々に整理しながら、通常業務の再開へとシフトさせる必要があるが、インフラの整備や住居の確保等見通しが立たない状況では、かなり時間がかかることが予想される。支援室としても長期的な視点で被災した地域の支援を行う必要があると考える。

南三陸町について

南三陸町へのアクセス
 南三陸町は宮城県の北東部にあり本吉郡の南端に位置する。地形的には、東方の沿岸部はリアス式海岸で、三方を標高300m〜500mの山に囲まれている。仙台市からは、三陸自動車道に乗り、登米東和インターチェンジで下車した後、国道398号線(本吉街道)を東に向かうと南三陸町に着く。今回の支援期間中は、宮城県内のガソリン事情も好転したこともあって、交通量が増加し、片道2時間半から3時間を要した。

南三陸町の津波被害
 南三陸町は、3月11日午後2時46分に震度7の地震に襲われた後、高さ16mの津波に飲み込まれたと報道されている。津波は海岸から約2kmのところまで到達し、町役場等の海岸近くの主要な建物は壊滅状態となった。公立志津側病院では病棟5階の窓枠直下まで波が押し寄せたという。国土地理院のサイトには震災前後の南三陸町の航空写真が掲載されている(リンク参照)。また、同町ホームページには防災対策庁舎屋上から撮影した津波の状況写真が公開されている

人的被害と避難住民数
 宮城県災害対策本部発表資料によると、4月16日時点において、被災前人口17382人に対して、死亡者455人、行方不明者640人の被害が確認されている。避難所は41カ所で6687人の住民が避難所で生活している。避難している住民の数については、町が進めている集団避難の動向にも影響されるため流動的で、そのことが保健医療活動のニーズ把握を難しくしている一因となっている。

避難所の状況
 避難所は南三陸町内に40カ所以上存在する。被災後、避難するための住民が集まった所が自然発生的に避難所になったため、規模も形態も様々である。なお、避難所の管理運営は、そこに避難していた町役場職員等がそのまま世話係となっているところが多いという。ライフラインの復旧情報は、毎日レポートされる医療救護班のサーベイランス情報から推察することができるが、4月8日時点のデータを集計すると、

  • 医療チームが常駐している 26%
  • 発電機が備わっている 47%
  • 給水あり 83%
  • 食事は定期的に配給される 83%
  • 暖房器具がある 80%
  • トイレが常設されている 66%
  • 携帯電話が通じる 95%
  • 治安が良い 95%

となっている。ちなみに、治安が悪いと答えた避難所の備考欄には「火事場泥棒がいる」との回答があった。

町の保健医療スタッフ
 被災前、南三陸町の保健福祉課は、子ども家庭係、社会福祉係、高齢者福祉係、健康増進係の4係で構成され、健康増進係に保健師6名、栄養士1名が配置されていた。また地域包括支援センターにも保健師3名が配置されていた。震災後、南三陸町総合体育館(ベイサイドアリーナ)敷地内に建てられた仮設の役場庁舎では、1階部分に健康増進係(保健師は3名減)と地域包括支援センターが置かれ、さらに所轄の気仙沼保健所保健師1名と宮城県の保健所保健師3名、事務職1名が応援していた。また、厚労省の要請を受けて派遣された他県の人員としては、香川県、高知県(高知市含む)、松山市、兵庫県、熊本県(熊本市含む)が南三陸町に入り、計40名前後の応援体制が組まれていた。なお、高知県は気仙沼保健所を支援する目的で、公衆衛生医師も派遣しており、5日前後のローテーションで仮設庁舎に詰めていた。
 医療部門に関しては、ベイサイドアリーナ内に町の医療統括本部を設置して、災害医療アドバイス(HuMA)、サーベイランス担当(国士舘大学)、医療物資担当(JA長野厚生連)、本部事務全般(山梨大学)等の支援のもと、各避難所における医療救護活動を展開している。保健部門も被災当初は医療部門の指揮下に入って活動していたが、その後は医療部門とは独立した活動となった。なお、医療チーム、保健チームともそれぞれ毎朝ミーティングを行い、週1回は関係機関の代表者によってクラスターミーティングも開催されている。


南三陸町の保健医療に関するいくつかの課題と解決の方向性

【課題1】
 現地には保健医療に関連する情報が多く入ってきているが、それを分析して対応を指示する立場の職員がいない(目の前の仕事に追われて、全体をコントロールする職員がいない)。そのような状況において町の保健スタッフは、次々と入れ替わる応援チームに業務の説明や割り振りをしなければならず、その調整業務にも時間を割かれている状況であった。「応援が入っても業務に楽になったという実感を持てない」という感想も聞かれた。
【解決に向けて】
 避難所を抱える被災地では、公衆衛生に関する様々な問題が発生する危険性があり、これらを予防して対策を指揮する立場には(町の保健師というより)公衆衛生医師を置き、現地に「保健所機能」を持たせることが必要と考える。その際、継続的に関わっていくことができるという点から、地元の保健所がその役割を担うことが望ましいが、震災によって十分な人の配置が難しい場合は、他県から派遣された公衆衛生医師を現地に置く方法も考えられる。宮城県内では、3月21日から高知県(南三陸町)、4月10日から大分県(石巻市)により、公衆衛生医師が派遣されており、今後もその動きが広まることを期待したい。ただし、他県から派遣された医師については、短期間で入れ替わることが多いため、あくまでも現場での相談役として、全体を統括する地元保健所の指示のもとに活動するという点に留意すべきであろう。

【課題2】
 情報インフラの整備が未だ整っていないため、役場においては避難所の情報を拾い上げることができず、タイムリーな支援につながっていない。同時に、避難所に対して行政情報を伝える手段も少ない。また、役場の仮設庁舎でも、インターネット環境が整備されていないため、県対策本部や関係機関との情報交換が効率的に行えない状況である。
【解決に向けて】
 避難所運営を補助する目的で「何でもやります」的なボランティアを募集し、避難所に派遣し、同時にニーズ把握にも役立てる。情報インフラの整備としては、各避難所から連絡が入るシステム(携帯及び衛星電話)を整備するとともに、役場においては電子メールやインターネットが使える環境を整えていく。また、インフラを整備するだけではなく、情報を伝えるしくみも同時に構築していかなければならない。

【課題3】
高齢者の介護に関しては、避難所生活が長期化するにつれて、新たな要介護者のニーズ把握、介護保険の申請手続きへの対応等が課題となってくる。今後避難所の集約化にともなって、要介護者を1カ所に集めてサービスを提供する福祉避難所構想も具体化する必要がある。
【解決に向けて】
保健師による在宅生活者や避難所住民への訪問調査(ローラー作戦)は、大規模な避難所を除いて、ほぼカバーしたとのことであったが、その結果をもとに、介入が必要な高齢者をリストアップして、ヘルパーや理学療法士等の協力のもとにサービスを提供する体制を整える必要がある。また、避難所においては高齢者だけではなく、全体的にも体を動かす機会が少ないため、ラジオ体操のように、音楽に合わせて運動する機会を設けることも必要である。
福祉避難所の設置にあたっては、南三陸町の場合は、他市町村との調整が必要になると思われる(使用可能な施設が町内に少ない)ので、設置や運営に関する県からの情報提供や指導が求められる。

【課題4】
南三陸町の避難所では、水道水で手を洗えないところが全体の半数を超えるなど、感染症の集団発生の危険性をはらんでいる。南三陸町では大きな集団発生はないものの、いくつかの避難所からはノロウイルス感染症の散発が報告される等、発生動向の監視と感染予防に対する啓発を行い続ける必要がある。また、初期対応でどの程度の隔離処置を必要とするかについても、避難所の生活環境に合わせた対応が必要となってくる。
【解決に向けて】
南三陸町では医療チームと公衆衛生部門が協力して、感染症対策を講じてきた。特に、感染症胃腸炎に関しては、症例定義を決めて統一した対応を行っている結果、早期の探知が可能になっているのは評価できる。患者発生時のisolation や、接触者の健康観察については、隔離のための部屋やトイレの確保が限られるという環境のなかで対策を講じていくことが求められる。
感染症対策については、発生動向や避難所の状況をモニターしながら、公衆衛生医師や外部の専門家により、その対応を評価していく体制が必要である。


所感

はじめて被災地を見たときには、言葉が出なかった。私がそう感じた理由は、津波による被害の大きさが衝撃的であったということもあったが、震災から3週間以上経っているのにいまだにライフラインが復旧せず、被災した住民が避難所や在宅で不自由な生活を余儀なくされていることへの驚きからである。被害地域が大きすぎるゆえに、復旧にも時間を要するのは当然のことだが、この非常事態においては、国、県、市町村という既存の行政システムの限られた資源(ヒト・カネ・モノ)で対応するのではなく、必要な地域にはどんどん資源を投入していく体制が必要と強く感じた。
 保健医療における課題は、今後、避難所生活がこのまま長期化すれば、さらに顕在化してくる可能性が高い。医療については、公立志津川病院がイスラエル軍医療団施設を利用して診療所を開設することになったが、今後も避難所における医療救護活動が当面の間は必要になる。救急医療体制を含め、どのように通常の医療機能を回復させていくかという課題が残っている。保健分野については、上記の課題に挙げた項目以外にも、母子保健や生活習慣病対策、精神保健の分野で災害に伴う課題が想定される。ローラー作戦によって得られた情報を基に、効率的にサービス提供をしていくことが求められる。そのためには、現地に保健所機能を持たせて地域を診断し、短期的にすべきこと、中長期的にすべきことという対策を整理する作業が必要と考える。
 今回は8日間という短い期間の活動で、南三陸町の保健医療スタッフとの意見交換によって、課題を整理する作業が中心となった。期間中に具体的に課題を解決する行動には十分関われなかったが、現地のニーズを言語化することが支援のスタートにつながると思うので、その役割はある程度果たすことができたのではないかと考えている。今回の活動に理解を示し、支えて頂いた沖縄県、宮城県及び対策支援室のスタッフに感謝したい。  
現在の被災地の状況を見ると、復興までには時間がかかり、支援も長期的な視点で行う必要がある。現地のスタッフだけではなく、それを支援する宮城県庁(福祉保健部、災害保健医療支援室等)も持続可能な体制を敷いて取り組んでいくべきだろう。そのために、国は通常の行政システムの枠を超えて、被災地の復興支援を指揮する役割があると思う。そのことを強調して今回の報告を終えたい。

回覧中の報告書には写真も貼付けています

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