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2013.01.25

発表原稿(はしかゼロに向けた沖縄の現状)

昨日は沖縄で行われた公衆衛生情報研究協議会の中の
麻しん風しんに関するシンポジウムに招待され、お話する
機会がありました。聴衆が専門家の大物揃いという状況
でしたので、時間オーバーしないように原稿を書いて
しゃべりました。その内容のご紹介(スライドは14枚)



01


本プレゼンでは、沖縄県はしか“0”プロジェクト委員会を中心に行ってきた本県の麻しん対策の概要と、はしかゼロ宣言に向けた展望を紹介いたします。
スライドに紹介している本は平成17年に出版されました日本から麻しんがなくなる日です。この本でははしか“0”プロジェクト委員会のメンバーを中心に23人がそれぞれの立場で執筆されています。背表紙には二つの図が描かれていますが何を表しているかおわかりになるでしょうか。この青い丸は麻しんワクチンの接種者、赤い丸は未接種者を表しています。上の図では接種率が95%なので、麻しんは排除されますが、下のように接種率が80%程度だと麻しんは流行するということを表しています。




02


沖縄県では平成11年から13年にかけて麻しんが大流行し、流行が長期化した結果、乳児を含む9名が亡くなるという経験をしました。当時のワクチン接種率は全国平均からかなり低い60~70%台で推移しており、小児保健医療関係者は危機意識をもち、緊急な取り組みの必要性を痛感し、はしか“0”プロジェクト委員会を発足させました。




03


平成13年4月に沖縄県はしか“0”プロジェクト委員会は実施主体として、県医師会、日本小児科学会沖縄地方会、県小児科医会、小児保健協会、そして沖縄県で構成され、行政と民間が一体となる形で発足しました。事務局を沖縄県小児保健協会が担当し、5つの小委員会で課題を話し合い、行動計画を策定しました。




04


その行動計画は以下の通りです。接種勧奨では、はしかの予防接種キャンペーンを5月に制定すること、また未接種児対策としては、就学前健診の場を利用して接種を確認する、体制整備や研修、調査研究を行い、有効なサーベイランスシステムとして全例報告を行うことなどが計画され、実行に移されました。写真の右下にあるのは、沖縄県出身の歌手Kiroroが平成20年に国の麻しん対策委員に選任され、沖縄県の仲井眞知事を表敬したときのものです。このような啓発活動も行われました。




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これは県内の麻しん予防接種率の推移を示したものです。まだまだ目標の95%や全国平均に達していない部分も残っており、この数値を確認しながら、はしか“0”プロジェクト委員会で接種率向上のための方策を検討しているところです。3期、4期は学校側にも協力を求めつつ取り組んでいるのですが、伸び悩んでいるのが現状です。




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さて、本県の麻しん対策で特徴的な事業として、麻しんの全数把握を全国に先駆けて行ってきたことが挙げられると思いますので、ご紹介します。医療機関では疑い例を含めて、麻しんを診断した医師は直ちにFAXにて保健所に連絡をして、検体を確保します。連絡を受けた保健所はその検体を沖縄県環境衛生研究所(衛研)に輸送します。また患者や家族から発症状況や接触者についての情報収集を行います。衛生環境研究所では麻しんのPCR検査を実施し本庁が情報を取りまとめて関係機関に還元するという流れです。この制度が始まった平成15年当時、麻しんは感染症法では定点からの報告となっていましたが、全数を把握しなければ流行状況を正しく把握できず、感染拡大防止のための取り組みも後手後手になる等の理由から、診断した全ての医師が報告するように、県医師会にも協力を求めこの制度の周知を図りました。




07


体制図を示します。この図では、疑い例を含む麻しんが発生したという情報が、保健所や本庁を通して市町村やマスコミ、関係機関に提供されるというしくみがわかると思います。現在でも、どこどこ保健所管内で麻しんの疑い例が発生すると、年齢性別や発症日などの情報と共にすぐにメールが流れ関係者で共有されています。




08


これも全数把握体制のフローを示した図です。重複して恐縮ですが流れの説明をいたします。まず医療機関に患者が受診し、麻しんが疑われたら、検体を確保します。医師は保健所へ連絡し、保健所職員が検体を輸送、接触者の調査等を行います。県健康増進課ではその情報を関係機関に提供し、衛生環境研究所ではPCR検査が実施されます。結果が出るまでは6~8時間かかりますが、その結果が陰性であればその情報がまた還元されます。もし陽性であれば、マスコミを通じての注意喚起、保健所による追跡調査が行われ、その中から有症状者が出れば、また医療機関を受診して、麻しん疑いとして検査をするということが繰り返されます。




09


追跡調査の例をご紹介します。これはもし保育園で麻しんが出たらというテーマで保育所職員に提示したスライドです。麻しんは発熱の1日前から感染力を持つとも言われますので、火曜日に園児が発熱して早退、金曜日から発疹が出て麻しんと診断されたとすると、接触者の調査は月曜日に遡り行われます。このとき感受性者を把握する必要がありますので、園児の麻しんワクチンの接種状況を提出してもらいます。これは若い職員も含まれます。接触後3日以内であれば麻しんワクチンによる発症予防効果も期待できます。感受性者については約2週間健康観察(主に検温や風邪症状)を行い、保健所に報告してもらいます。この中で発熱した園児がいれば麻しんの可能性が高いですので、医療機関を受診して早めに診断することを目指します。




10


沖縄県では平成18年以降、ヤングアダルトを中心とした麻しんの集団感染事例をいくつか経験しました。いずれも、先に示したような対応により大流行にいたる前に鎮めています。北部保健所ではひとりの移入例から3次感染を含む12例の患者が発生、東京都の修学旅行生350名が麻しん患者4名を発症しながら沖縄本島を縦断した例、中部でも東京からの移入例から10例が発症し、基地内在住者も含む1400名以上を追跡。屋内でのライブコンサートについては次のスライドで紹介します。ビーチパーティという沖縄独特の宴会で拡がった事例では、自治体が29歳以下の住民に公費によるワクチン接種を呼びかけました。




11


ライブコンサートから感染が広がった事例を紹介します(略)
この事例では500名を超える観衆が接触者となったため、マスコミを通じて注意を呼びかけたこと、年度をまたいで対策をとり続けたこと、入学式のオリエンテーションで発症したため学校と協力して接触者調査を実施したことなど、さまざまなチャレンジがあったのですが、保健所、衛研、本庁等が連携して対応し、流行が終息しました。




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大流行に至らなかったというお話をさせて頂きましたが、はしか“0”プロジェクト委員会では、発生状況により対応を整理したガイドラインを策定しています。レベル0は未発生ですが、関係機関はワクチン接種率向上のための取り組みを行い、レベル1は1例発生、レベル2では複数の患者が報告された段階としています。レベル2では保健所は積極的疫学調査を実施、0歳児へのワクチン接種は、6~12ヶ月児への公費による接種について市町村に助言するとなっています。そしてレベル2で疫学調査を実施しても患者間のリンクが
途切れ、どこで感染したかわからない状態(これを大流行といいますが)をレベル3と判断し、感受性者対策に切り替え、0歳児への接種を関係機関に働きかけるとしています。幸い、このガイドライン下では沖縄県はレベル3に達した事例はありません。




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昨年12月に国は麻しんに関する特定予防指針を一部改正しました。それによるとここ数年で患者が減少したことを受けて、次の目標は平成27年までに麻しんの排除を目指すことになりました。その文書に示されている排除の基準は、診断例が1年間に人口100万人あたり1例未満。沖縄県では過去3年以上患者が確認されていません。またウイルス伝播が継続しない点についても先ほど説明したように、大きな流行には進展していません。さらに適切なサーベイランス制度が維持され3年間土着株による感染がないという記載については、何をもって適切なサーベイランス体制かということを確認する必要があります。




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最後にお示しするスライドは沖縄県環境衛生研究所の平良勝也先生からご提供頂いたものを一部改変したものです。麻しん排除の基準には適切なサーベイランスの維持が必要ですが、WHOが示している基準と沖縄県の状況を照合した内容になっています。これによると4つの項目を満たしていることがわかります。ただし、同じWHOの基準には地域の免疫状況という項目もあり、血清疫学調査において2歳以上の年代で全ての年代の抗体保有率が95%以上、あるいはワクチン接種において2回の接種率がともに95%以上とあり、本県は先にお示しした通り、ワクチン接種率では95%は越えていない状況となっています。
今後もはしか0プロジェクト委員会において麻しん排除の指標について達成状況を確認し、改善に向けた取組みを行うことによって、国の掲げる目標を自治体としても達成できることを目指していきたいと思います。

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2013.01.22

期待の若手シリーズでooyakeを紹介

74万アクセスありがとうございます。キリがいいのでooyakeを
公衆衛生情報という雑誌で記事にした今月号の原稿の一部を紹介(長いよ)。

タイトルが期待の若手シリーズ「私にも言わせて!」(第7回)



 沖縄県の保健所は戦後の米軍占領下において設置され、性病や結核の診断・治療を担う場として地域の公衆衛生の向上に寄与しました。そのような時代背景もあって、保健所には原則として複数の医師が配置されており、他県に比べて「保健所長以外の公衆衛生医師」として過ごす期間が長くなるという特徴があります。気がつけば、私もそのようなポストで15年間仕事をしてきました。この機会に、簡単にこれまでの活動を振り返り、ご紹介します。

 私は平成2年に自治医科大学を卒業し、出身県の沖縄県立中部病院で2年間の臨床研修を経た後、沖縄県内の2か所の離島診療所(小浜島座間味島)で各2年ずつ勤務しました。島で唯一の医者ということで、基本的には全科の患者を診ましたが、対応できない場合は親病院に紹介し、重症患者や急患についてはヘリで別の医療機関に搬送しました。

 研修医時代の病院に比べて時間的な余裕はあったものの、観光客も含めた時間外の患者にも対応しなければならないため、常に拘束された感覚をもちながら生活していました。公民館長から「島民全体の健康を守ってください」と言われましたが、日常の診療は1日10名前後の慢性疾患の外来が中心で、ふだん診療所には顔を見せない働き盛りの男性が突然脳梗塞で倒れて運びこまれるようなことがあると、診療所に座っているだけでは公民館長の期待に応えることは難しいと感じていました。

 そんななか、駐在している保健師と一緒に地域を訪問して、島民に対して健康教育などをしているうちに、患者として診療所を受診しているのは一部の有症状者で、地域には患者予備軍が数多く生活していることに気づきました。診療所の外に関心を寄せることで、徐々に公衆衛生に興味を抱き、保健所で働く先輩らを訪ねて話を聞くうちに、離島診療所の次の職場に保健所を選ぶ決心をしました。

 9年春から、沖縄県コザ保健所に勤務しました。臨床から公衆衛生の道に進むにあたり、家族や親類から「保健所に行って、何するの? 犬捕まえるの?」と言われたことに寂しさを覚えた記憶があります。当時の保健所は直接的なサービスが県から離れていた時期だったので、「昔はよかったよぉ、先生」と何度もベテラン保健師につぶやかれました。

 私は保健所3人目の医師として業務を引き継ぎましたが、それは「地域づくり型保健活動」の手法を通して、ヘルスプロモーションを展開するというものでした。その後勤めた保健所でも、健康日本21、健やか親子21、SARS対策、次世代育成支援、医療費適正化計画、国から次々と示される課題に市町村や関係機関が適応できるよう、支援や情報提供を行いました。

 国の動向が変化するなかで、どのように業務に取り組んでいけばいいのかと悩んだときは、同じく保健所で働く公衆衛生医師や全国各地で先駆的な公衆衛生活動を行っている方々の取り組みを参考にしました。「公衆衛生は人脈が命」と先輩に教えられましたが、正にそのとおりだと実感しています。

 18年秋には、当時私が勤めていた北部保健所管内で1例の輸入例をきっかけに、感染が拡大した麻しん患者12例に対応し、1000名以上の接触者に対して追跡調査を行うというアウトブレイクも経験しました。

 11年には、当時はまだ東京都にあった国立公衆衛生院で、1年間学ぶ貴重な機会に恵まれました。前半3か月は全国から集まった通称「保健所長コース」の仲間たちとともに学び、議論しました。4か月目以降は、保健師や技師などとチームを組んでの合同臨地訓練、自分の研究課題も教官の指導を受けながら取り組みました。国立公衆衛生院での学びは、公衆衛生の仕事をするうえで、とても意義深いものとなりました。

 19年からは3年間県庁の結核感染症対策班長として勤務しました。県庁では議会対応、予算確保などの慣れない事務も行いながら、新型インフルエンザ行動計画の改訂などを行い、九州・山口9県の感染症担当者と協力して対応ハンドブックを作成するなど、新型インフルエンザの準備に追われた2年間となりました。21年4月に新型インフルエンザ(H1N1)が発生し、担当班長として検疫への協力、医師会や米軍などの関係機関との調整、マスコミ対応に追われました。特に、医療対応については本県は全国に先駆けて流行が拡大したため、医師会や大学、県立病院などと調整して診療支援体制を確立しました。県内で小児の重症医療が可能なベッドの調整を毎日行ったり、土日や夜間の救急室に患者が殺到したので「うつさない。うつらない。(救急医療を)つぶさない」というメッセージをテレビCMやパンフレットで県民に発信もしました。超多忙な1年でしたが、「県庁の窓口が医師だったので、調整がスムーズに進んだと言われた」のが嬉しかったです。

 日常業務で関連情報や文献をインターネットで検索することが多く、同じテーマで検索を繰り返すことも少なくありません。そこで、自分が検索した履歴をどこかに残しておけば、効率がよくなるのではないかと考えて、ブログに書き留めておくことにしました(http://itokazu.cocolog-nifty.com/ooyake/)。

 公衆衛生ブログは「ooyake」というタイトルで、平成15年12月にスタートして以来、約9年間続いています(記事数は約1100件超)。最初は自分の情報整理のために始めたので、特に周知させようともしませんでしたが、ネット上で発見されて以来、ありがたいことに読者も増え、ブログを通じて、多くの公衆衛生関係者とも交流ができるようになりました。

 平日は約200名がサイトを訪れ、通算アクセス数も72万PVを超えました。これまでによく読まれた記事は「知ってた? 下痢と生理のメカニズム」「赤ちゃんがタバコを食べたらどうする?」「如才なきことながら」「小児結核の特徴」「多数出る遺体の処理に関する考え方(WHO)」などです。

 新型インフルエンザ対策にあたっている際の記事(多くは泣き言)をまとめた「blogで振り返る新型インフルエンザ」は、個人的にも気に入っています。日常の疑問について調べたことを書き留め、個人の意見を述べるという単純な内容ですが、あくまでも自分の業務に生かすために記録に残すというスタイルを守り、マイペースで書いているので、継続できているのだと思います。


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2013.01.17

ヘルシーおにぎりプロモーション

略して、おにプロ


1月17日はおむすびの日。でも今日の沖縄タイムスコラム欄には
おにぎりの話題が載っていたので
おにぎりの日は6月18日らしいが)
八重山におけるヘルシーおにぎりプロモーションについて紹介。

長年続けている高校生のためのヘルシーメニューコンテスト
八重山では「朝食食べない学生を減らす」ことをターゲットに
しています。

  • 夏休み前に学校と調整(できれば夏休みの宿題にしてね)
  • 休みが明けたら正式に募集
  • 優秀作品を商品化することをコンビニと調整
  • 管内の食に関する団体に書類審査を依頼
  • 2次審査は試食もかねて、マスコミにも公開
  • 優秀作品の商品化について生徒、業者と複数回調整
  • 商品発売についてマスコミ発表(事前に撮影)
  • 販売促進のためのラジオCM放映及び番組出演
  • 職員や知り合いに口コミ攻撃

などという流れになっています。

今年は1月後半が発売日。
八重山管内のココストア全18店で売り出されます。

そのラジオCMのシナリオ。登場人物は於茂登カメと
その孫のけんぞう君


オモト家の健康劇場⑤ 高校生のアイデアおにぎり編
音楽♪(ビギンの国道508号線

けんぞう「(慌て気味に)ばあちゃん。おはよう。今日は時間ないから朝ごはん
食べないで行くよ!」

カメ「(きっぱり)まちなさい、ケンゾー。時間ないんだったら、これ持って行
きなさい。うり。」
          (商品名はゆっくりと)
けんぞう「これなに?「栄養たっぷり!ヘルシーおにぎり」って書いてるね」

カメ「高校生のアイデアおにぎりコンテストで最優秀に選ばれた作品なんだっ
て。コンビニで売ってたよ。」

けんぞう「石垣の高校生が考えたおにぎりがどうしてコンビニで売ってるの?」

カメ「朝ごはん抜きの学生が増えてるから、どうにかしようって皆で考えたん
だって。朝ごはん食べないと集中できないし元気も出ないでしょ。」

けんぞう「(508号線の替え歌)♪朝ごはん抜きはカラダにダメサイガ!」

カメ「何の歌ねぇ?ばあちゃんだったら『朝食食べない超ショック』っていうけ
どね。」

けんぞう「(あきれて)ははは。ところでアイデアおにぎりって他にもあるの?」

カメ「えっとね~、めんたいバターおにぎり、ぐっるくんおにぎり、それとう
め~ぶたっていうのがあるみたいよ。いろいろあって何を食べるか迷うね、けん
ぞう」

けんぞう「みんなおいしそうだね。また買ってきてね。じゃ、行ってきます」


~ナレーション(ここはまじめに)~
朝食食べない超ショックな学生が増えています。
八重山保健所ではそういう学生を減らす目的で
高校生を対象にヘルシーメニューコンテストを
実施しました。アイデアおにぎり部門で入賞した
4作品を、1月25日より石垣市内のココストア
全店で販売することになりました。
皆さんもこの機会に朝ごはんの大切さについて考えてみませんか。


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2013.01.14

八重山マラリア防遏のあゆみ

八重山に来て3年が過ぎようとしているが、危うくマラリア
対策の歴史も勉強せずに異動?するところだった。JICAの
研修生に講義した資料より抜粋


八重山にマラリアが侵入し広まった経緯
  • 1530年頃オランダからの難破船がたどり着き乗組員が病原体を持ち込んだ説
  • それをもともと生息していた媒介蚊が住民に伝播
  • 1737年頃には八重山全域に広がっていたという記録
  • 1609年琉球が薩摩に支配され先島地方には重い人頭税が課せられ、住民は開拓のために移民せざるをえなかった
  • 開拓に行った先がマラリア感染地域だった場合には廃村になることもあった

波照間島から西表島崎山に移住した住民が故郷を思って歌った歌が崎山節(演奏付き^^)

その後第2次世界大戦まではいわゆる地域に土着化したマラリア

  • 冬場は気温が下がるので媒介蚊は繁殖が止まる
  • 多くの住民は有病地域には近づかないが、一部は薪を取るために山に入り感染する
  • 流行の中心がマイルドな三日熱マラリア等であった可能性

年間の患者発生は約1000〜2000、死亡数は20〜30で推移した

Malaria_lecture_2012

しかし第2次世界大戦で、八重山上陸が近いと判断した日本軍が
住民に山岳地域への避難を命令。これが1945年6月。媒介蚊の
大量発生時期と重なり、治療薬も不足していたこともあって、
6月〜12月までの間に

  • 患者数16884(全人口の53%)
  • 死亡者が3647人(死亡率22%)
  • ちなみに八重山で空襲による死亡者は174人

という記録があるので、いかに被害が大きかったか...

戦後のマラリア対策としては

  • 米軍による治療薬の配布
  • 八重山保健所を中心とした地方政府体制の強化
    • 患者の治療や予防投薬
    • DDTを散布(ボウフラのいそうな場所に)
    • 薮の伐採、蚊帳使用を勧めるなど

以上の対策により患者数や死亡数は減少したものの、
1953年頃から再び増加傾向に

Malaria_lecture_2013

その理由は、沖縄本島で米軍基地建設のために土地を失った住民が
計画的あるいは自由に八重山に移民し入植。マラリア有病地に入り
開拓を進めた。その結果、マラリアに感染する人が増加。

マラリアが開拓の障害になった

USCARは昆虫博士のウィーラー博士を1957年に招聘。
博士のそれまでの防遏対策に関する評価
  • 保健所の防遏対策は十分ではない
  • 防遏に関わる職員は常勤にすべきだ
  • 薬剤散布に関する設備が不十分
  • スタッフや住民に対するさらなる教育が必要

米国政府は予算を確保してウィーラープランを支援

ターゲットをそれまでのボウフラからメス蚊成虫にかえて

残留型のDDTをあらゆる場所に散布した。
(全住宅、家畜小屋、倉庫、旅館、料亭、学校、留置所、バス、タクシー等)
また原虫対策としての採血、小児の脾臓検診を実施。
これらによってわずか3年間で感染者、死亡者をゼロを達成!


という防遏のあゆみを勉強しました

参考図書としては

を参考に作成しました。

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2013.01.07

コンドームの達人八重山初上陸!(告知)

地元新聞紙に投稿した講演会の告知文(リンク付き)です。


性の健康に関する講演会のお知らせ
~豊かに生きるために性と生を考える~


NPO法人Love Peer Priceやいまと、沖縄県八重山福祉保健所は
来る1月9日(水)午後6時から石垣市健康福祉センター1階
集団検診ホールにおいて、性の健康に関する講演会を開催します。

講師は(社)地域医療振興協会ヘルスプロモーション研究
センター長の岩室紳也先生です。
今回の講演会は、

「思春期を迎えている方から大人の方までを対象に、
自分と他者のセクシャルヘルスを考え、その中から
自らの人生や他人との関係性を考えるとともに、
HIV/AIDS等の性感染症や、性暴力など社会の様々な
(性に関する)問題
を考えるきっかけ作りとすること」

を目的としています。 

普段忙しい毎日を送っているなかで、なかなか性に関する
健康問題を考えることは少ないかと思いますが、例えば、

  • 自分の性徴(性ホルモンによる心身の変化)に悩んだり、
  • つき合ってる彼女が妊娠した(かもしれない)と心配したり、
  • デートで彼氏に性的な関係を強要されたりするなど、

性に関するトラブルは日常のあちこちに転がっているのも事実です。

このような問題が起こった場合、どう対処(指導)したら
いいのでしょうか。講師の岩室先生は、

「思春期という貴重な時期に、
自分の心と体の成長ときちんと向き合うことで、
人として大切なものは何か、
どうして友達や恋人を求めてしまうのか、
そして愛とは何なのかを、一度真剣に考えてもらうチャンスにして欲しい」

と述べています(紳也’s HomePageより)。

岩室先生は、Youtubeに投稿した「コンドームの正しい着け方」
160万アクセスを超え、
昨年7月にはNHK Eテレ
「オトナへのトビラ:ココだけの“性”のはなし」では、
よゐこ有吉弘行を相手に避妊について解説するなど、
メディアに多数出演するかたわら、全国各地の高校などで
年間200回以上の性教育の講演もこなしている泌尿器科のドクターです。

八重山地域での講演は今回が初めてとなります。
この機会に市民の皆様には是非お話を聞いていただき、
性と生について考える機会として欲しいと思います。



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2013.01.03

低体温症の定義(箱根関連)

風が強く吹いている(三浦しをん)(新潮文庫)を読んで
はじめてお正月の箱根駅伝を注目して観戦。

と言っても沖縄県はテレビでの放送が見られないため
ラジオ観戦(放映すればいいのになぁ)。ともあれ
日体大は強かった。

そんななか、往路5区山登りの選手2名が途中でリタイヤ。
さぞかし無念だったでしょう。

その理由が「低体温」と報じられていたので、
そんなこともあるのかと、定義を調べてみた。

偶発性低体温症
日本救急医学会用語解説
低体温症hypothermiaとは深部体温(直腸温,膀胱温,食道温,肺動脈温など)が35℃以下に低下した状態をさす。原因には,①寒冷環境,②熱喪失状態,③熱産生低下,④体温調節能低下があり、具体的には
山岳遭難,水難事故,泥酔,薬物中毒,脳血管障害,頭部外傷,幼少児,高齢者,路上生活者,広範囲熱傷,皮膚疾患,内分泌疾患(甲状腺・下垂体・副腎などの機能低下)低血糖,低栄養などでおこりやすい。

体温の低下は,神経系では感情鈍磨から昏睡状態へ,呼吸系では頻呼吸から徐呼吸・呼吸停止へ,循環系では頻脈から徐脈・心停止へといずれも抑制的に働く。

「マラソン中の突然死」というタイトルのDr.奥井のコラムには
マラソンランナーが注意すべき疾患として

低体温・脱水症・心停止

を挙げており、低体温については
マラソンは、天候にとても左右されやすいスポーツです。
天気や、気温、湿度などの、環境によって起こる病気が
熱中症や低体温症です。直前の天気予報をしっかりと
チェックし、気温による体調不良を起こさないように
体温管理をしっかりすることが大切です。

と述べています。ここは勉強になります。

救急医学会が調査をした全国調査の結果を紹介した記事
身近な危険、低体温症疾患原因だと重症化周囲の気付きが大切(47news医療新世紀)

来院時に深部体温35度以下の症例を報告するよう呼び掛けたところ、68施設から計418症例が集まった。このうち303例は屋内で発生。患者の平均年齢は70・4歳と高く、循環器疾患や精神疾患、内分泌疾患などの既往歴のある人が多いことが分かった。
これは基礎疾患を持っている人の話ですね。熱中症と同じような観察が必要。

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